島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
今日は店休日の二人が島のドライブにでかけ、とある話題について話し込みます。皆様の日々のヒントになったら嬉しいです。
そらいろスパ日和 Story17
『紺碧~宙と光の休日』
今日は、光さんとドライブの日。
向かうのは、島の西端にある御願崎(おがんざき)。
小さな灯台と、ひらけた海が見える場所。
秋の風はやさしく、
窓を開けた車内に入り込んで、ふたりの髪を揺らしていく。
陽ざしもすっかり落ち着いて、夏の名残をほんのりと残していた。
到着すると、空の青がふたりを迎えてくれた。
広がる紺碧の海は、どこまでも澄んでいて、
その表面には太陽の光がきらきらと跳ねていた。
灯台は、静かにそこに立っていた。
白くなめらかなその姿は、まるで“ここから先も大丈夫”と背中を押してくれるよう。
近くの広場にレジャーシートを敷いて、ふたり並んで腰を下ろす。
潮風と鳥の声、そして海の音だけが、遠くで響いていた。
「なんか…ここ、気持ちいいですね」
宙がぽつりとつぶやくと、
光さんは笑顔で保冷バッグを取り出した。
「今日はちょっと頑張ってみたんだ」
ふふっと笑いながら、やさしい色合いのお弁当を差し出す。
フタを開けると、炊き込みご飯の香りがふわりと立ちのぼる。
にんじん、ひじき、しいたけ、そして甘辛く煮た三枚肉が詰まった
ジューシーおにぎり。
島胡椒(ピパーツ)の葉が混ぜ込まれた香りがさらに食欲をそそる。
「わぁ……ジューシーだ!わたし、これ大好きなんです」
宙が笑顔でかぶりつくと、光さんも嬉しそうに頷いた。
横には:
- ゴーヤー入りのふわふわ卵焼き
- 島豆腐と豚肉の味噌漬け
- 紫芋の天ぷら
色とりどりのおかずたちが、島の空気によく似合っていた。
「料理って、施術と似てる気がするのよね」
「“誰かのために”って思うと、自然に手をかけたくなるの」
「めっちゃおいしいです~~!幸せ!!」 宙の弾んだ声に光も笑う。
しばらくして、光さんがぽつりと話し出す。
「御願崎ってね、決断力を後押ししてくれるパワースポットらしいよ」
宙は、おにぎりを口に運びながら目を細めた。
「へぇ……決断力かぁ……」
一瞬、風がふたりのあいだを抜けていく。
「……そういえば、わたしがこの島に来たのも、ある意味“決断”だったのかもしれませんね」
光さんが、やさしく尋ねた。
「その時、迷わなかった?」
宙は、少し遠くを見ながら微笑む。
「うーん、“決めた”っていうより、“行かなきゃ”って。
ちゃんと理由があったわけじゃないんですけど、
…でも、どこかで風が、背中を押してくれたような気がして」
光さんが、おにぎりの包みを結びながら静かに言った。
「そういう時って、あるよね。
迷う前に、体が先に動くというか。
剪定せずにはいられないタイミングが来るんよ」
「……剪定?」
「うん。植物って、枝を剪定したら、
いったんは小さくなるけど、その分、
次の季節にもっと大きく広がるの。
選ぶって、たましいが少しだけ“剪定”されるみたいなこと。
痛みはあるけど、そのあと、ちゃんと“咲く場所”がやってくる」
宙は、光さんの言葉を静かに繰り返した。
「咲く場所……か……」
ふと、風に吹かれながら、宙は少し昔を思い出した。
東京で、毎日が息をつく暇もないほど忙しかったあの頃。
「わたし、このままでいいのかな」って、
言葉にならない迷いが胸の奥に居座っていた。
でも、今ここでジューシーおにぎりを頬ばってる自分がいる。
あのときのわたしに、少しだけ言ってあげたい。
「ちゃんと咲ける場所、あるから大丈夫」
光さんがふわっと笑った。
「宙ちゃんの“そらいろの花”、もう咲いてるよ」
宙も、少し照れたように笑い返した。
「……はい、たぶん、きっと」
そのとき、宙の視線が、灯台へと向く。
どこまでも澄んだ青のなかで、
灯台は変わらず、静かに海を見つめていた。
つづく また二週間後をお楽しみ。